随分と昔に盗賊がいた。
浅黒い肌に真白い髪の男だった。 孤独とするならたしかに一人で、否とするならたしかに全くの一人ではない、そんなややこしい奴だった。乾いた空気と鈍い色の黄金と闇というにはまばゆさを持つ砂漠の空がよく似合う、 その盗賊は馬鹿だった。即物的で、空想主義で、子供のころからずっと大人で、大人になってもガキだった。復讐のために私欲のためにと意気揚々としながら邪気を渇望する姿こそいっそ晴れやかで無邪気にみえた。 奴は矛盾を血と肉でがんじがらめに留めている。 さらに加えて盗賊は若かった。 奴がとうとう自らの身の丈にあわないほどの力を欲しはじめた頃ですら、その体はまだ若かった。 道を大きくそれたつもりであってもあくまでヒトより外にははみ出ない、そう考えていた俺の予想を奴は華麗に裏切った。若かったから止まらなかった。

ある夜、俺のお気に入りの盗賊は俺を夜から揺り起こす。 どろりどろりと濁った絶望の塊にむかって盗賊の双眸が希望を写した。 やはり盗賊は馬鹿だった。 闇にむかって真っ直ぐに伸ばされた腕のみならず、奴の全てを呑み込むことを俺はとっくに決めていた。 やつをまるごと手にいれる。 俺は喜んで両手を広げた。

まんまと抱えこんだあいつと俺の境界が夜のなかで溶け出していくのを意識の目一杯で享受しながら、俺は新しい自分を想った。 盗賊の全てと俺が混じりあって果たして何がうまれてくるのか? 今まさに生産されゆくそれがもたらすのは世界にとって非生産的なものばかりにちがいない。 俺は幸せをかみ締めながら静かに笑う。全てが上手くいくと思った。

そうしているうちに俺たちのいる夜のなかからふと一羽の鳥が現れた。 真白い小さな鳥だった。俺たちの方を見ようともせずに澄ましている その鳥が音もなく声もなく飛びたつのを俺はみた。 そこで俺はふと気付く。 ああ俺は失敗したのだ。全てを奪えはしなかったのだ。こいつの全ては取り込めないのだ。 しかし鳥を追うことはしなかった。 もはや盗賊は俺自身で俺は盗賊以外のなにものでもなかったから。 一羽分のかけらがどこへ消えようが構いはしない。
求める運命にあるのならいつかどこかで出くわすのだろう。