手相を教えてやったことがある。
教えてやったといっても、別に専門的な内容ではなかったけれど。
僕の手相の知識なんて、僕でなくとも皆知ってることだけだったのだから仕方がない。頭に入っていることなんて手の皺で未来のことを占うのだということと、
生命線とか頭脳線の位置、あえていうなら、あたるかどうかもわからないということと、
そんなごく簡単なものだった。
(手の皺で占い、ね)
(わけわかんねえ)
右手の五本の指をぴんとひらいて左手の一本の指先でそこにある線をたどる。
ゆるく握ると肉がよって線を濃くする。ぱっと開くと薄く広がる。
(これが頭脳線?宿主様ぶっとんでんじゃん、いい感じだわ)
(まあよくわかんねえけど)
(んで)
(こっちが)
(・・・・結婚線?)
(見事に薄いな。哀れなやつ)
(ま、嫁なんていらねえかお前には)
(問題ねえな)
あいつは僕より熱心で、掌に穴をあけんばかりに覗きこむ姿は滑稽だった。なんだかんだといいながら好奇心にはすぐまける。
力の加減で変わっていく線を見て一体何を思ったのか、あいつは随分と呆けたような顔をしていた。
夢も希望もないことを言えば、あいつがどれだけ真剣に視線を送ろうとも色も厚みも無いに等しい僕の脆弱な皮膚の下には青くにごった血管と肉があるだけで、その上に不細工な線が走っているだけのことなのに。子宮の中で握った自分の手の形で決まるという運命なんて、あいつなら真っ先に笑い飛ばすだろうと思っていた。
(そんでこれ、)
(これが生命線?・・・細けえ線、重なりまくってるけど)
(どうなんだ?これって)
(ほらみろよ、)
(ここがなんか、ぐちゃぐちゃってなっててよお)
まるで鎖みたいだ。
そう言った。いびつな鎖。
細く短い線がたくさんたくさん絡んでいるから、前途多難の暗示にちがいない、
あいもかわらず宿主様は不幸代表だと、するするとその鎖をたどりながら澄ました顔で言い放つ。
そこまでボロクソに言われればさすがにこちらの気分もよくはなかった。
(この先かわってくるかもしれないでしょう?)
不満を隠さず低音で呟いて眉を潜めた僕の顔と、広げっぱなしの掌を交互に見やってにやりとする。
すると不意に僕の手をとったあいつが、僕の左の掌と自分の右の掌をなかば強引にひきあわせた。
当然ながらもぴたりとくっついたそれを見て僕は少しだけ瞠目する。同形の片手同士はいっそ奇妙に一致していた。
(かわんねえぜ、いまさら手の痕が歪んだくらいじゃな)
(かわるわけねえだろ?)
(ばかな宿主さま)
愉快そうに言葉をつむいだ唇は細い月のように引き上げられた。
そんなことがあってから、あいつがぼんやりとてのひらを眺めている光景をたびたび見かけた。
お気に入りはあの汚い生命線だったのだろう。多分一番なぞっていたから。
ガタガタで、しかも奴いわく鎖のようで不幸せ丸出しの僕のそれは、いわゆる未来の方向へ行くにつれ正しく真っすぐ一本になっている。
幾重かに重なった小さな痕が描いたように鮮やかな線になって、たしかにそこに収束されているらしかった。
あれから線が濃くなったとかはっきりしたとか、特に変わったようにも見えないけれど、だからといって文句もない。
あのとき鏡写しの姿で向かいにいたあいつですら、
いつか僕が残してきた、そうでなければこれから残すはずの痕だと思えばひどく愛しい。
どこまでいってもくっついている僕のいびつで絡んだ滑稽な鎖。
きっとそういうことだったのだ。
12 09