あるCDがいつも同じトラックの同じところで切れて頭に戻ってしまうのが、宿主はひどく気になるらしかった。
ならばはじめからそんなもの聞こうとしなければいいのだと思うが、
やつにそういう考えはハナから候補にあがらないらしく、
ぷつ、
と小さく膨らんだ音をオーディオが吐き出す度に眉を寄せる癖は直る兆しがみえずにいる。
古い曲だ。映画のサウンドトラックの一曲。
この街に転がり込む前に宿主が自室にこもるときによく聞いていた。
俺にしてみれば宿主のひきこもり時のテーマソングだ。
ゆるくしめられたやる気のないカーテンの隙間から、
曇天の、しかし曇天なりのくすんだ光がしのびこんできていたのを覚えている。
隔絶するわけでも受容するわけでもない空間のなかで床にベッドにそこらじゅうにうずくまっていた。
あの時はまだ幾分スムーズにオーディオの中から曲が鳴った。
演技派なんだよと宿主は言う。
宿主のお気に入りの、件の映画の女優の話だ。
今は寝転びながら沈黙しているオーディオをみつめている。やはりやる気はないようだった。
彼女が肯定をする時はね、イエスと口に出すんじゃなくてなんていうか、目でわかるっていうのかな。
綺麗に微笑むんだ。
・・・・・あ、プレイヤーの電源いれて。トラックは、わかるよね。
言われたとおりに小作りなスイッチを爪の先で押し付ける。
カチリと起動音がしたあとにディスクの回転が始まる。
宿主は満足したのか少し笑った。
それで、女優が綺麗なひとでね。
横顔が特に。
主人公とそのヒロインは、最後には別の道を歩くことになるんだけど。
でもそういうのってありだと思う。ありだと思うな。
だってすごく綺麗な終わり方だったから。
綺麗なのが一番だよ。
僕は綺麗なのが好きだ。
宿主に近づく。両手で顔を触る。オーディオは順調に鳴いている。ぎしりとソファに乗り上げた。
なら、俺とお前は?
僕たち?
俺とお前は、どうする?
すると宿主は笑った、楽しそうに。
うん、一緒にいたいよ。今すぐキスしてほしいくらい好きだからずっと一緒にいれたらいいね。
両腕を大袈裟に広げて俺を迎える。
鼻さきの触れそうなぎりぎりのラインの向こうで形のいい目が弧を描いた。
嘘つきだ。てめえは。
違う。演技派なんだ。
そういって首に回された腕の温かさだけでどうして真意を解せるだろう。
思考の波はそのまま溶けて流れていくのだとなんとなく思う。
ねえお前も僕は嘘つきだと思う?
僕もそう思うよ。
だってほんとなんだ。
これでいいんだ。
だからね、僕はお前と一緒にいたいんだよ。
おまえは生きてるものだと思ってるよ。
遊戯くん、のことのために僕を使うのは、悲しい。
なんでそんなにあっちばっかり気にするの。
なんで僕だけみてくれないの。
やだよ。
さみしいよ。
いかないで。
宿主はさみしいという。
本当にさみしいんだという。
自分の鼻先からこいつの鼻先までを一センチとして、唇から唇の距離を3センチとして、
そのわずかな空間のなかで片方だけが息をしている。
多分こんなことがさみしいのだろう。
まつげの震えは決まって泣き出す合図だった。
鼻をすするのももちろん泣き出す合図だった。
しかしどちらもありえなかった、
けれど宿主はこの世の終わりのような顔をしながら繰り返しさみしいんだと漏らし続ける。
顔が近いと目の前がぼやける。
でも全部冗談だよ。
(そんなこといわなければいいのにこいつは馬鹿だ。)
全部終わったら二人でいれるぜ。
うん知ってる。
全部終わったらずっとだ。
うん知ってる。
信じろよ。
うん、うん。
嘘じゃねえぞ。
うん。わかってる。ありがとう。
全部終わったら、
うん、
ごめんね、
ごめんね、
ありがとう、
ありがとう、
ありがとう、
ごめんね、
ごめんね、
ごめんね、
ごめん、
ごめん、
ごめん、
ごめ、
ん、
嘘つかせてごめんね。
綺麗なのがよかったのに。
宿主が鳴く。