うちの隣だかその隣だかに住んでいたばあさんが死んだそうだ。
マンション内の回覧板で回ってきたらしい。
そういえば数時間前うちのインターホンが鳴っていたから、
きっと隣の隣の隣の主婦あたりが持ってきたのだろう。
いつもはまさにその隣のばあさんが玄関口にわざわざ出向いて渡しにきていたが、
当の本人が死んでいるからしょうがない。
みよりはなかったとかあったとか姥捨て状態だったとか。

「お通夜は14日、葬儀は15日だって。
 こういうのって挨拶だけでも出た方がいいのかなぁ。
 お世話になったっていうか親切にはしてもらったし」

宿主が椀の味噌汁を箸でかきまぜながら言った。

「さあ、いけば」

「そうだよね、そういうもんだよねー、さみしいな」

「さあ、さみしいかはしらねぇよ」

「えーどうしてそうかなぁお前は」

「宿主、味噌汁こぼす」

「うわこぼれた」

「ばかめ」

「そういえば訃報の回覧板って早く回すべきなんだっけか。
 意外とみんなちんたら回すからなぁ。
 これいまからでも次にもってったほうがいいのかな」

「今じゃなくていいだろが。
 どんだけ早く回そうがばあさんは生きかえらねえぞ」

「そうかなーいいのかなぁ」


本当にそう思っているのかいないのか、口先だけは達者なものだ。
俺はばあさんのことなんてどうでもいいから、
こぼしたところを拭き終えた宿主がテレビをみながらぱくぱくとメシを口に運ぶのを見続ける。
宿主は隣のばあさんが死んでも回覧板が回ってくるまでそのことに気づかない。
宿主は自分の親が死んでも電話の一本が入らない限りそのことに気づかない。
俺の身内はこいつだけで、こいつの身内も俺だけで、
俺が死んだときだけこいつに一番に訃報が届く。
まあ宿主はいつだって呑気に夕飯の心配でもしていればいいのだ。
味噌汁食って生きてりゃいい。





― そういえば今日は17日だったね、
 葬儀は15日だからもうおわっちゃったなぁ、
 しょうがないねえ、おばあちゃんかわいそうだなぁ。
 性懲りもなく箸と茶碗の中身でぐるぐるぐるぐる渦をつくりながら、
 気にした風もなく宿主が言った。多分明後日には忘れてる。
 俺のときもそれでいいな。









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