「次、これだ。マグカップ、箸」
「いらなーい。もう別の使ってるでしょ」
「わざわざ買ったんだもんなァ、てめえは」
「まーね」

肩をすくめた獏良と同じようにしゃがんで、ダンボール (体育すわりの人一人くらいなら入れそうな大きさのダンボールだ)に向かっていたバクラは首だけをこっちにむけて不服そうに眉をよせた。

「変なところで財布の紐ゆるませやがって」
「僕の勝手でしょ」
「宿主様の経済的危機はオレ様にとっても由々しき問題だろ」

よっと掛け声をかけて立ち上がると、取り出したものを手にしてバクラはリビングへ姿を消す。




部屋の整理をバクラに任せた。
一人暮らしををはじめてから随分たったにも関わらず、この部屋には未開封の荷が残っていたが、何とはなしにバクラがそろそろ整理したらどうだと言うから彼にやらせた。
放置されていたそれには実家で使っていた愛着のこもった、というより特にこめてもいなかったくせにいざ家を出る時に半ば無意識に愛用品認定を下したものが詰めてある。
そういう品が中に入っていると彼は知っていたのだろうか。
もし知っていたと仮定するなら、
そのどでかいダンボールに日用品を詰めて引っ越さなければならない理由を作ったうえに、それを整理しろというバクラ本人の根性は相当だ。が、
その始末をバクラに任せた自分もなかなかイヤミなのかもしれないと獏良は思う。
 しかしそのイヤミも通じないのかそれとも本気で気づいていないのか、獏良と体を交代したバクラは嬉々として、あげく腕まくりまでする気合のいれようでダンボールの開封にとりかかった。



獏良はそれをしゃがんでみていた。
厳重に巻いていたはずのガムテープの封印を面白いくらいにべりべりとはがされたダンボール。
すっかり暴かれた外殻。
まるで少し前の、むしろ現在進行形での自分自身のようにもみえる。




(しかももともと入っていた中身をバクラが取り出してしまうのだ)
(そんなところまで僕と同じだ)





無理やり開かれたダンボールと一緒に相変わらず部屋のまんなかで獏良が座り込んでいると、件の男がスタスタと足取りも軽く何度目かの往復から戻ってきた。
「お前本気で見てるだけだな」
「最初にそういったじゃん」
仁王立ちでバクラがははあと大仰にため息をついた。
「まあ、宿主にはやさしいオレ様がついていなきゃだめってわけか」
降りてきた手にわしゃわしゃと髪をかき混ぜられて頭がつられて左右に動く。
ここでじゃあ自分がやるよなどといったら即座に断るクセによくいうものだ。
「それよりゴミ袋こっちの部屋にもってきたら?
ぶっちゃけいらないもののが多いから適当にわけて。捨てちゃだめなのはあとで僕が取るから」
「げ、もっと早く言え、そういうことは」
二度手間じゃねえかとぶつぶついいながらリビングの方向へふたたび戻っていく。
獏良はそれをみて思わず自分の口角が上がったのに気づいた。あの横柄な態度が少しだけかわいく思えるのが不思議だった。




そう、不思議なものだ。かわいく思えるなど何事だろう。
あの初めて会話をしたときの身の毛のよだつような記憶を自分はなくしたはずはない。
あいつは優しくなんかないはずだ。僕のことを考えてくれているわけでもないはずだ。
違うはずだ。
違うのに、あれだけ無理やり他人の心にずかずか入ってきたバクラが何故かその領域の整理をしている。
外装をめちゃくちゃに引き裂かれたにも関わらず自分は中身に触れられることを許したわけだ。
さっきの、子供のように楽しそうに封を破ったバクラの顔を思い出す。
豪快にこじあけて確実に中のものを取り出す手つきも思い出す。
引き裂かれたガムテープ、取り出されていく中身、やがて人ひとりが入れるくらいにあくであろう箱。受け入れる器、
あれはまさに自分か?
使い終わったら小さく折りたたまれて捨てられる。
― 笑えない。







気づくとバクラはいつの間にかこちらの方に戻ってきていて、作業を再開しているところらしかった。
もくもくと続けられるそれはかなりのスピード、
言われたとおり一番大きなゴミ袋を傍らにおきながらどんどん箱から出して確認もそこそこに袋のなかに入れている。
季節の外れたコートやら持ってきたものの遊ばないゲームやらなにやらがみるみるうちに発掘されては袋行きだ。
こいつ全部捨てる気だろうか、後で自分が点検するにしろ一応止めるべきだろうかと思ったが、捨てるなら捨てるで構わないかと思い直した。
きっと今更だ。
獏良は口を出さずにバクラの顔をじっと見つめていたけれど、
だからといって何がわかるわけでも変わるわけでもない。
バクラも手を動かし続ける。
ああなんだか気分が落ちてきたなと獏良はぼんやりと思った。




「宿主さまよぉ、さっきからオレ様の顔みつめちゃってそんなにオレが好きなわけ?」


「・・・・・」


「つーかお前今までよくこんなに荷物ほっぽりだしといたよなァ、
 こっち来てすぐに整理しとけば買わなくていいモンたくさんあったんじゃねえの」


「・・・・・・」



「宿主さまァ、お返事は?」



「・・・・・」



「・・・・・」




獏良は返事をしなかったがバクラはけろりとした顔のままでやはり手をとめなかった。
それを見てまたああもうほんとのほんとに気分が落ちてきたなと獏良が静かにうなだれる。










「お?」


そうしてしばらくしているうちに、探索の手はとうとう最後にあたったようだ。
両腕が突っ込まれて取り出される。


「・・・・あ、それ」
「アルバム、か」

獏良が言う前にバクラが呟く。とても見覚えのある装丁だ。
家族との写真が数多く収めてあるはずだったのに、
持ってきたこと自体このダンボールに詰めたときからすっかり忘れてしまっていた。
というよりは思い出したくなかったのかもしれない。
それは誰のせいでもなくバクラのせいだが。
ふざけた話だ。その原因と自分は何を仲良くしてしまっているのだろう。獏良が息をつく。

そのアルバムも袋につめるのかと思いきやバクラはひょー、ちっちぇ宿主さまがいっぱいじゃねえのお宝だなこりゃとかなんとかいいながらアルバムをめくっている。
バクラのこういうところがよくわからない。
ここで、その写真のなかの幸せそうな僕が今こんなに鬱々としているのはお前のせいだよと言ってやろうかと思ったが、さすがにそれはやめた。
それこそきっと今更だ。
ごまかすように目をつむった。







「それ、どっちだと思う?」
「あ?」
バクラは顔を上げずに相槌を打った。
「アルバム。いると思う?いらないと思う?」
「はぁ?」
バクラが勢いよく振りむいた。よほど面食らったのか動きが止って、その拍子にまくっていた袖もずるりと落ちた。



「バクラが捨てたかったら捨てていーよ、っていったら、お前どうする?」
箱の一番奥に詰め込んだもの。
誰にも明け渡すつもりなどなかった、僕の中身。
すぐそこにはゴミ袋だ。
お前が勝手にいろんなものを突っ込んだだろう。

今度はお互いに目をあわせてたずねる。





「あほか」
バクラはそういって立ち上がると、下がった袖を上げ直したあとにアルバムを近くの本棚の空きスペースにすべりこませた。ゴミ袋に突っ込んだりはしなかった。








なんだよ、どうしてそこでそうなんだ。








「お前優しくなったねー」

「オレ様ははじめっからやさしいだろ」

「ますますひどい男になったともいえるけど」

「おい、矛盾してっぞ」

「計算狂っちゃうよなぁ、ほんと。ここは例の凶悪面でアルバム引き裂くところなのに」

「んな疲れること誰がするか」

「むしろ僕のおかげとかか?僕の心が清らかだから中のお前まで浄化されて」

「どんな仕組みだよお前の体は」

「あーあ、このままお前を抱えていかなきゃならないのか」

「誇りに思えよ、オレ様を受け入れられる器なんざそういねえんだぜ」

「まずいなぁ、ほだされてるよー困るなぁー」




バクラ、これ、このダンボールあげようかと指をさしたが、
いらねえオレ様疲れたといってバクラは体を獏良に返した。
見事空になったダンボール。
獏良はゴミの日を確認して、バクラが袋に分けたものは捨てることに決めた。


自分の奥に大切にしまっていた中身は全部バクラが丁寧にどこかに取り除いてしまったからもう元には戻せない。
仕方がないので空いたスペースにバクラをいれた。
ふざけた話だと獏良は心の底からそう思って笑った。













07 27