獏良が墓参りをするというからバクラもついてきた。
盆が過ぎた墓場は少し暑くそのわり風は吹き抜ける。
もしこの暑さに対して健全に水分を発散できる身体ならばもっと風は冷たく感じられたのかもしれない。
しかしここにいるのはふたりだけで、(いたとしてもどこかのホトケだ)
獏良は汗をかかないしバクラも汗をかかないからどうというわけでもない。
訪れようとしている秋が感じられるわけでもない。線香の薫りが控えめに漂う。
獏良にペットボトルのミネラルウォーターをどぼどぼとかけられている目の前の墓石のほうが寒そうだとバクラは思った。
滴り落ちる水は太陽の光をわずかに反射させるだけで墓石に染み込んだりはしない。
せっかく獏良と自分がわざわざコンビニから購入してやったというのに贅沢なことだ。立派な墓も無限の水も皆バクラには縁遠いものだった。もし自分が墓石なら一滴も残さず吸収できるだろうか、バクラは首を傾げて獏良を見ている。
「なんか供えねえの?好きな食い物とか持ってくるんじゃねえのか、こういう時は」
「好きなもの知らない」
「線香は?」
「別にあげない」
「花は?」
「いらない」
「わりとひでえなお前」
「好物は知ってたとしても供えないよ。あとで回収しに来なきゃならないし。カラス対策」
「そういうもんかねェ、現代の墓事情も複雑だな」
「けどまあ確かに一緒に住んでたってのにおかしいよね」
「宿主らしいっちゃあらしい」
バクラが茶化すと獏良がわずかに口角をあげた。
「ほんとはこんなとこにはいないんだろうなー、って来るたびに思っちゃうんだよ。」
獏良は空のペットボトルを墓石に傾けた。
残っていたわずかな雫が落ちる。
「水だってかけても意味なんてないんじゃないのかな。いくらぶっかけたってまわりの土に吸われておわり。
魂があってもさ、死んだら墓のまわりにとどまるなんていやなはなしだよ。
第一生きてるときに何してあげたわけでもないのに僕がこんなことしたって今更だとおもうんじゃない」
自嘲気味な声が墓石に向けられた。なぜかそれを腹立たしく感じた自分がバクラにはよくわからなかったが、ただ獏良の言いぶんが気に食わない。
「じゃあなんで律儀に毎年くるんだよ」
すると獏良がバクラをみてまるで突飛なことを聞かれたように目を丸く開いた。
「だって、嫌いじゃなかったんだ」
獏良は微笑んで言った。
聞かないほうがよかった。
墓の中に魂がないのならどこにいるのか、もしかしたら獏良のなかだろうか。バクラにしてみればそっちのほうがよほど気に食わないはなしだった。
獏良が嫌いじゃなかったといった墓の中のヤツには水が届かないとしても、
自分なら大丈夫なのにとバクラは思った。
水をかけられたら冷たいと騒いで好物を出されたら手放しで喜ぶこともできるのにとバクラは思った。
かりものの肉体さえあれば自分はなんだってやれるのにとバクラは思った。
そうだ自分も一度死んだのにとバクラは思った。
思っただけで口には出さない。
腹の底が冷えた気がする。
今度もう一度死ぬ時は間違いなく獏良の中だという確信だけまだ少しあたたかい。
天音ちゃんの墓参り