僕ももう一人の僕もまだ何も知らなかった頃、
獏良君は思いついたといって話をしてくれた。
彼の言葉の本当の意味がわかったのはもっとずっとあとだった。
あのとき彼らが何を思っていたのか僕は今も知らない。






「屋上は風が強いねー。上着ぬげそう」

「海馬君のコートを翻すにはちょうどいい風速かもしれない」

「彼はいつでも風あたりの強いところにあえてたつからねぇ、
 ついでにおでこのひとつも全開になればいいのに」



夕方に近い放課後のことだ。
獏良君と僕は屋上のフェンスによっかかって話をしていた。


「そういえば身体のほうはもうだいじょうぶ?」
「大体は。ごめん、迷惑かけちゃって」
「いいんだよ、別に獏良君が悪いわけじゃない」


ありがとう、と獏良君が言った。
ちらりと目線を下ろしてみると下のほうのもう少し向こうに町が見えて、そこにはついでに青い空がついている。
多分振り向けば日暮れのために赤みがさした空が見えるのだろうが、
目の前の空はまだぎりぎり純粋な青だ。
ごちゃりとした地上に張り付いた、
青色と白色だけが成分のそのおまけのような空は獏良君が愛用しているシャツを思い出させた。
今は制服だけれど、僕の中での彼のイメージはその青だった。
いつも纏っている青い色。イメージカラー。赤い色、ではけしてない。
似合わないとか、そういう問題ではなく彼のイメージではなかった。
その獏良君はというと隣で僕と同じようにフェンスの向こう側をみつめている。
 


― いや、みつめていたはずだった。
 顔を彼のほうに向けた一瞬。
 いつの間にか獏良君は首に下げたリングの紐を外していて、あれ、と思う暇もない。
 突然彼は甲子園球児さながらに大きく振りかぶった。
リングを思い切り握り締めて、ための姿勢に力を込める。
 うわ、と僕はそれだけこぼした。
 彼は誰か人でもぶん殴るようにして腕を振り切る。
 僕の視界を金色の輪が横殴りに吹っ飛んでいく。
 獏良君の首から離れて手からも離れて地上をめがけて、
 彼のリングはおちていった。
 目を見開いたままの僕を気にかけず、一仕事終えたように獏良君はへらりと笑った。
 



 「ばく、獏良君、リング、どうしちゃったの」
 「うん」
 「あんなことしてやばいんじゃ」
 「まあ、ちょっとだけだよ」



口すら上手く回せなくなった僕と対象的に獏良君はやたら呑気だ。
こんなに肝がすわっていたのかそれとも一体なんだろうか。
僕の思考はそのままに、そ知らぬ顔でいっそ優雅に獏良君は口を開いた。




「今あれもってると都合がわるくて」
「ねえ、遊戯君。唐突な話なんだけど。聞いたら忘れてくれていいんだけど。
ていうかもう、夢の話の類?」
「ちょっと、くだらなーいの、きいてくれる?」






(獏良君は穏やかに微笑みながら、軽い口調で話をはじめた)
(背中に背負っているのははまだかろうじて全体的に青い空だ)







大昔のどっかの砂漠に、盗賊がいるんだ。
たとえば古代エジプトとか。
ベタだけど。
そいつ、自分で盗賊王とか名乗っちゃうくらい頭軽いのね。
盗賊王だよ盗賊王。自称だよ。
馬鹿丸出し。
事実馬鹿なんだ。
頭、悪くないし勘もいいのに、なんか知らないけど馬鹿だったんだ。
だから、最終的に破滅しちゃうんだけど。先にオチいっちゃった。
まったくねぇ。
そいつ、復讐するっていうんだよ、ずっといってるの。
ずっとずっとずっとずっとずっと。
誰かとめてやれればいいのにね。


でね、またあるところに不健康そうな白ーいもやしっ子がいたんだ。
髪も白いわ肌も白いわ、ついでに周りからは白い目でみられたり珍しがられたり何故か崇められたり。
崇められすぎてこれまた生贄にされかけたり。
もー色々嫌になって逃げ出してきて、でも途中で行き倒れるの。貧弱だから。
砂漠の上で死ぬー死ぬーと思ってるところをどっかの盗賊がテイクアウトしていっちゃう。



で、さっきの盗賊の復讐馬鹿、復讐復讐っていいつつ煩悩にまみれちゃっててうっかり恋とかしちゃうんだ。
いいんだけどさ、別に恋くらい。
でもタチの悪いことにそいつはのめりこみすぎるっていうかさぁ。
よせばいいのに愛しちゃったりしたんだよねー。
やめときゃいいのに。
相手は例の白い奴。馬鹿に拾われちゃってーこいつもよせばいいのになついてしまう。
そいつら並ぶとアンバランスもいいとこなわけ。髪の色だけ同じだった。
まぁそれで上手くやってくんだけど、相思相愛で幸せだったんだけど。
白いのと盗賊となかよしこよし。

食べるのも一緒寝るのも一緒。
馬鹿のお守は楽しかった。
お互いに欠けてる部分があったんだかなんなんだか、ね。
はぐれものが馴れ合ってるだけっていえばそれまで。
頭おかしかったのかなぁ。
やたらと一緒でね。
幸せ、幸せ。
白い奴はそれだけで満足だった。



でも盗賊は復讐を諦めたりはしてなかったんだ。
馬鹿だから。
復讐するっていいつづけた、ずっと。
ずっとずっとずっとずっとずっと。
誰かとめてやれればよかったのにさぁ、ほんと。
盗賊王いわくの魂の片割れとか運命の相手とかが。






ある日勢いよく特攻かけた盗賊王は、
お偉いさまのお怒りに触れてあわれ砂漠の空に散りました。
おまけに色々闇だかなんだかとくっついちゃってね、
よくわかんない物体Xになっちゃうの。
不幸なお話。
嫌な夢だよねぇ、まいっちゃう。








(獏良君の顔はよく読めない)(ひどく客観的でひどく主観的で、そんな顔だ)





でも一番の不幸はずっと一緒にいた白い奴が止めてくれなかったことだと思うんだよね。
やめろっていわなかったわけじゃないけど。
本気で止めさせようとすればできたかもしれないのに。
隣にいた盗賊にとって何が悪夢か知ってたんだから。
気づかないはずがなかったくせに。
わざと知ってて見逃したんだ。
馬鹿な奴だよ、ほんとに大好きだったのにね。
何が魂の片割れだっての。
そのときはもう盗賊の心を晴らしてやりたくて、それだけだった。
止めなかった。
つくづく頭の弱い二人だったんだよ。
悲しかったのに。
悲しむくせに後悔しないあたり、やっぱり二人して頭がおかしかったんだよ。
あーほんと後味わるいよね。









(青と白の空がだんだん歪んで夕暮れの匂いをさせはじめた。少しだけ空があかい。)
(話をここまできいて、僕はようやくそれに気づいた。)
(獏良君は話を続ける)












― 
  昔本で読んだんだ。どっかの、何教だかはわすれちゃったけど、宗教の話。
  なんかね、罪を犯す者、その愚行を主のもとに明らかにさせない隣人、
  汝らは同じく罪である、汝は神に誓いなんたらかんたらってやつで、
  ようは悪いことするやつも見逃すやつも同罪だって教えらしいんだ。
  さっきの話考えてたら、それ、思い出しちゃったんだよね。
  両方悪いんだって。見逃すのも悪いんだって。
  盗賊も白い奴もきっと両方馬鹿で両方だめだったんだ。
  一緒にいてもだめだけど一緒にいないともっとだめなんだ。
  同罪だって言われた方がほんとのほんとは楽なんだ。
  ねー遊戯君、思い出しちゃったんだ。
  僕、思い出しちゃったんだよ。









  思い出しちゃった。











「― それでね、今回も見逃すつもりなんだ。
 近いうちにまたあいつがどっかの王様に喧嘩ふっかけても、
 しらんぷりする。太陽待ちにはもう飽きてるんだよ、あれ。
 でもそれできっとようやく終わるんだ。全部終わるよ。
     盗賊王もサボテンの花くらいにはなれるかもね。」
   
        そしたら部屋にかざってやろー。









(とうとう赤くなった屋上の空をバックに、獏良君は笑った。)
(話はどうやらここで終わりのようだった。あの時の僕は当然よく飲み込めなかった。)
(笑い話じゃないことだけ、わかっていた)









「リングを拾いに行かなくていいのかい」

「別にいいよ、結局収まるところに勝手に収まるんだから」

「そう、ならいいんだ」

「これからもよろしくね、遊戯君。」

「うん」

「ごめんね、きっとたくさん迷惑をかけるよ。」

(うん、かもね)

「あいつは多分知らないんだ、今日の話」

(彼なら気づきそうなものだけど)

「獏良君」

「なに?」

「悲しいお話だね」

「一般的にはねぇ」

「最後はハッピーエンドがいいな」

「そう?遊戯君はそういうのが好き?ああもう帰ろうか、すっかり夕方」

「そうだね、帰ろうか」

「ねー遊戯君、ハッピーエンドって意外と泣けるよね」







(ばくら君は笑っていた。空の赤い色がよく似合っていて、でも今思えばその色はきっと)



















2007 07 21